:: 番外編 - エジンベア城下町
冒険を終え、放浪の末のエジンベア。
止まった歩み
かつて謎の男と呼ばれた青年は、冒険を終えた後、放浪の末にエジンベアへ辿り着いた。
王都の外れ、丘の上にある古びたどこか懐かしい建物。
そこで彼は記録係としての職を得た。もとは一時の逃げ場のつもりだったけど…
人々の営みを記して風を感じながら、静かに過ごす日々… そのうちに、心のどこかで、ふと「ここにいてもいいのかもしれない」という想いが根を下ろしていた。
ふと振り返った生まれ故郷
そこは、アリアハン大陸北東の海沿いにあった小さな港町、ソアラ。ソアラには白い家が並び、風が吹き抜け、港には祈りのベルが響く。町の中心に教会があり、信仰と暮らしが隣り合せ。そんな感じの、のどかな町だった。
この町に生まれた少年、イオ。司祭とシスターの間に生まれ、妹リアと共に育った。
けど、ある冬のことだった。流行り病 (呼吸器官の病い) が、この大陸や町を襲う。まだ幼かった妹が、眠るように命を綴じた。
イオたちの祈りは届かなかった。神さまは、なにも答えなかった。それがイオの旅の始まりだった。
隣の村、レーベ
イオが家を出て最初に訪れた村はレーベと言った。そこで、彼は病気に倒れた、とある少女と出会った。彼女の名はフィアナといった。
そのときは高熱にうなされていて、イオにも誰の声にもなかなか反応しなかった。
その姿はあまりにもあのときのリアに似ていた…
少年僧侶イオは、無意識に膝をついた。額に手のひらを添えて、まだ覚えたての祈りの言葉を心の中で繰り返した。
当時、ホイミはまだ使えなかった。神に祈ることすら信じていなかった彼だったけど、あのときと同じことだけは繰り返したくないと、それだけを願っていた。
翌朝、イオは名前を告げずに去った。彼女が回復したかどうか、後日確かめようとしたことはいちどもなかった。
ホイミという名の祈り
年月が経ち、アリアハン王都に定着しつつあったイオは、アレルという少女の声に誘われて再び旅に出た。
不思議な少女、火を操る幼い魔法使い、そして老いた武闘家。奇妙で騒がしい一行の中に、彼はそっと身を置いた。
最初のうちは、何もできないと思っていた。だがある夜、マゴが咳をした。その咳はリアのことと脳裏で繋がった。同時にフィアナの顔も浮かんだ。
彼は思わず、手を伸ばした。そして初めて、ホイミは、光になった。それは魔法ではなく、言葉でもなく、ようやく彼自身の祈りが、形になった瞬間だった。
だけど、彼はそれを誰にも言わなかった。記録帳にも書かなかった。ただひとつ、灯がこころの中にともった。それだけだった。
回想はまだ続いた
アレルたちとの冒険を終えたあと、イオはひとりで北へと西へと旅を続けていた。
誰もいない街、テドンを過ぎ、かつて妹を喪った故郷、ソアラにも帰らず。彼がたどり着いたのは、エジンベアの王都の丘だった。そこは風がよく通る、廃れた礼拝堂。ベルは鳴らず、祈る者もいない。ただ、空と海の間に… たゆたう
(あらゆるものがゆらゆらと揺れる) 場所だった。
彼はそこに留まった。ホイミを使うこともなく、戦うこころもなく、癒すこともなく。ただ、書き残す者として。
エジンベアの風
ある日、扉がきしんで開いた。
そこに立っていたのは、かつてイオ自身が名前を言わずに去っていった、あの村の少女、フィアナだった。
彼女はもう子どもではなかった。旅の装束をまとい、迷いのない足取りで、ここまで来た。
「水を、汲みましょうか… ?」
「祈りに来たわけじゃないんです…… 風に導かれて、来てしまっただけ」
彼女はリアではなかった。似ていたのは、才でも顔立ちでもなく。
誰かに生きてほしい… と、願ったあの日の光のような感情だった。
ふたりは礼拝堂で暮らし始めた。朝は掃除と水汲み、夜は記録帳に文字を綴る。繰り返す静かな時間、イオはようやく "祈り"
を信じ始めていた。その祈りは、誰かのためではなく、自分のためでもなく… ただ、彼は身を任せる。風が吹くように。
そう… 誰かの存在が、自分の中に根を下ろしていたから…
まだまだ日々が静かに過ぎていく ^ ^;
春にはハーブを植え、夏には子どもたちに風のむかしばなしをしたり、秋には収穫祭の飾りをふたりでつけたり、冬には祈りの灯を並べたり。
彼は多くを語らなかったが、記録帳にだけは毎日欠かさず残されていた。
そして、春の季節
「今日の風は穏やかだった」
「フィアナ、今日も庭で歌っていた」
「子どもが、お父さんとお母さんみたいと言い出した。困る」
アリアハンから、ふと思い出したようにひとりの女性が現れた。
「ひさしーぶり ! 変わったような、変わってないような~。」
「ここにいるって、ロマリア (※いまは "ロマりん") の占いおばばに聞いたよ。"あの男は、風に寄り添って女と共に生きておるよ"
って。」
「ふう、またよけーなことを……」
彼はこのとき、当時の自分に戻りそうになってしまった。けれど、ちからのこもってない声で、ため息をつきながらそうつぶやいた。そのつぶやきの裏にはどこか嬉しそうな気持ちも確かにあった。
ひとりの女性は微笑みながら教会の中を見渡す。
「本当に、ちゃんと "生きてる" んだ。」
「お前が知らないだけで、人はだいたい "生きてる"」
「わかってる。でも、また顔を見れてよかったよ。」
会話はそれで終わり。
ひとりの女性は、ほんの数時間だけそこに滞在し、礼拝堂の花を見たり、ひと際目立つ美しい彩り豊かなステンドグラスを眺め、少しお茶を飲んで、特になにかを言うまでもなく、この場を懐かしみながら残り時間を過ごした。
そして、また自分の町へ、ルーラでそそくさと帰っていった。
その背中を見送ったあと、彼は記録帳を開き、静かに記した。
「今日、過去の風が通りすぎた。それでも、今の風は乱れず、ただ静かに吹いていた。それは、定着という名の祈りかもしれない。」
ふたりの距離
背後からフィアナがそぉっとアップルティーを差し出した。
「…… あの人なのですね ?」
「…… そうだな…」
「あなたのいう想像通り、素敵な人でしたね。」
「うるさい…」
そのやりとりのあと、ふたりの間に流れる沈黙は、とても穏やかだった。アップルティーとハーブの香りが混じり、そこへ春の風が混じる中で、彼のこころではもう、それらの風を見送るだけの大きな余裕があった。今日は、教会の記録にこう書かれていた。
『ソアラを出てから… とても長い時間が流れた。あの町の風は、ずっと "きらい" だった… けど今、ここ…
エジンベアの丘に吹く風は、同じにおいがする。それに気づけるようになったのは、たぶん… 誰のせいなのか、もうわかっている。風の名はまだ知らない。でも、それを呼ぶ
"声" はもう知っている。』
お し ま い !