:: オルテガの冒険
導かれし者
最後の分枝… ?
オルテガはあの砂浜に再び立っていた。そこに風に吹かれても消えない火。
あのときは弾かれた。いま見ると静かに揺れ、まるでいまの彼を待っているようだった。
「……」
いまの
オルテガはなんの迷いもなかった。これは "炎の分枝" … 触れることができた。
(俺自身も… 俺たちも… 変わったのだ……)
その "炎の分枝" はどこか異国のちからを思わせるような…
オルテガの "道標" (みちしるべ)
ムオルを発って西、そして南へ。人の足跡は途切れ、山々が空を塞いでいく。地図はないし道もない。でも行けると思った。行かなけらばならないと思っていた。
森の入口は暗かった。湿っていて香りが強く、枝やコケやツタなどが進む道を拒んでいた。オルテガはそれらを、片手で剣を使いながらもう片手で払う。はっきりとは分からないけどただ歩くだけだった。
やがて、足元に淡い色が見え始める。レモン色のコケ。岩にはりつき、根の影や倒れた枯れ木などに、小さく灯っている。1つ 2つ 3つ、星座のように…
「これは…… 道標 (みちしるべ) … ?」
森が無言の返事をしたような気がする。
風もなくて葉っぱも揺れない。音だけがわずかに聴こえる。
進むごとに鳥の声が遠のき、虫の羽音が消え、ブーツの足音がなくなる。
地面の感触が薄くなっていく。額に汗が出てるのに身体が軽くなっていく感覚。
そしてオルテガは自身の "影" がないことに気づく。
上には生い茂った葉や枝が重なり、太陽の光が地表へ差し込んでいるのに足元に自分の影がない。足元のコケが明るい。
(…… 似てる…)
この雰囲気。うっすらと記憶に残っているあの故郷に似てた。あの夕暮れの小川や上流の感じなど。それがここでは最初からあふれている。
進めと言っているし戻るなとも言ってる。どちらにしてもただ歩き続ける。オルテガはこれが導かれているのか試されているのか解っていなかった… 答えはない。
ここはどこ ?
不思議な "道" を通り過ぎると広い大地だった。木も枝も葉もある。でも遠近感がなかった。"光"
は上からでも横からでもなく…
辺りには謎の根っこがいくつも走っていた。それは 1本ではなく細いものや太いもの、若いものや古いもの。無数の根っこがクモの巣のようにはり巡らされ、絡みあって重なりあって結び合ってる。
根っこ同士にはコケが生えて強いレモン色に輝く。その大地は全体的にゆっくりと息をしていた。耳を澄ますと、何か呼吸音も聞こえてる気がしてた。
中心らしき場所に向かうと、なにか葉っぱがあった。淡い光を宿す、葉っぱの小さな集まり。小さな水の "焚き火" みたいに、静かに。
その葉っぱがふわりと… 風もないのに旋回し、オルテガの手に落ちる。
(…… "葉" …)
彼はしばらく黙り込み、その1枚を見つめていた。
旅の中で何度も剣を持ち、何度も手ぶらで夜を過ごした。今そこにあるものはそれよりも重い気がする。でも重いのに軽い。
持っているのに持たれているようであった。
視線の先で何かが動いた。コケに埋もれた、地表から半分沈み込んだ石でできた古い門。
瞬きして門の向こうが虹色に揺らいだ。水面に投げた小石が作る波のように、色の層が。すぐに跡形もなく消えたけど。
オルテガは 1歩1歩と近づいてみる。
剣の柄に手を置く。門は黙っている。コトバより多く伝えてきた。
(…… そうか…)
肯定は足りた。葉っぱを払って目を閉じる。ここで
誰かの名前を呼んだりはしない。
森が明るくなり、コケが新しく描き出す。それは来たときとは同じ道ではない。
導きはいつも一方通行で振り返るためのものではない。だから戻らないし戻れない。戻る必要もない…
門は眠り、虹色の波はもう現れなかった。出口というのはこの森には似合わない。
ただ終わった。自身の影が戻ってきて風が吹き始め、遠くで鳥が鳴いた。
オルテガは葉っぱを見たけど光ってなかった。
(行こう)
オルテガはその場から再び動き出す。
導かれる者
そう、森を抜けたはずだった。
ここは… ? 太陽の色が違う。焼けるような白さが砂を照らし、熱の波が地平に揺れていた。
オルテガは立ち止まった。風が熱い。頬を刺す砂が舞う。目の前には、砂の海に浮かぶ塔と城壁。そう、イシスだった。
「…… ここは…」
足元には土も根もない。靴は砂を踏んでいるはずなのに、沈む感覚は薄い。それでも景色は確かに、砂漠の王国だった。
昼の街は人で溢れ、色鮮やかな布が日差しを弾いている。だが、声は遠い。賑わいは目に見えても、耳に届かない。まるで彼だけが別の層に立っているようだった。
石段を上り、城の中へ。玉座の間で、ある "巫女" が彼を見ていた。その瞳は夜空を宿したように深く、声は風よりも静かだった。
「旅人よ。星は道を描きます。あなたが進むべき場所は、まだ夜の向こうにあります」
言葉の意味を問い返そうとした瞬間、景色が揺れた。砂の塔も城も遠のき、砂漠の熱は音もなく消えた。
次に見えたのは海に囲まれた孤島だった。光が引き、足元に海の香りが広がる。
目の前に海に囲まれた孤島が見えた。
オルテガはその島に立つ。だけど足跡はつかない… 砂を踏んでいるのに。
島の中央に、崩れかけた石のほこらが。壁は半分沈み天井が抜け落ちてる。あの光を帯びた根っこが祭壇から突き出していた。
近づくと低い響きがした。言葉ではない。先へ行けと促すような。
オルテガは手を伸ばしかけたけど止めた。葉っぱと根っこが重なって聴こえる。
「…… これもまた、ひとつの扉か……」
そう呟いたとき、ほこら奥が虹色に。あの波打つ感覚がまた暗転させる。
次に見えたのは、霧に包まれた塔の麓だった。
霧が流れ、光が収まると、そこは深い山間の村だった。
岩を削り、木を組んだ高床の家々が並び、澄んだ水音が谷を渡る。村の奥には、白い石で築かれた塔がそびえていた。その先は霧に包まれ、頂は見えない。
オルテガは塔の麓に立っていた。足は地を踏んでいるはずなのに、石段の感触は曖昧で、空気だけが重い。
塔を見上げると、村人の声が耳に届いた。
(伝説の不死鳥 "ラーミア" …… ?)
「翼を広げ、空を渡る者……」
「けれど、その歌を継ぐ者はまだ現れぬ」
声は誰が話しているのかわからない。男か女かも判別できず、村全体がひとつの口を持って囁いているようだった。
オルテガは石段を登ろうとした。だが霧が厚くなり、三段目で足が止まる。視界が白に閉ざされ、空も地も境を失った。
塔の鐘がひとつ、重く響く。それは拒絶ではなく、告知だった。
オルテガは足を下ろし、静かに塔を背にした。振り返ったとき、塔も村もすでに霧に呑まれ、ただ白い霞だけが残っていた。
そしてその霞の中に、次の光が揺らめいた。霞が晴れると、そこは果てしない草原だった。
風があたり一面を撫で、背丈ほどの草が波のように揺れている。太鼓の音と歌声が風に乗り、どこまでも響いていた。
オルテガは村の中央に立っていた。円形に組まれた木の柱、その中で人々が輪になり、歌い、舞っている。老人も子も女も、声を合わせ、手を叩き、足を踏み鳴らしていた。
言葉は理解できなかった。だが調べはまっすぐに胸へ届いた。ちから強く、柔らかく、ただここに生きるという声。
目を閉じると、世界樹の葉の脈と歌の拍子が重なる。旅の道にあった静けさとは正反対の響き。どちらも同じ源から流れているように感じられた。
少女が輪から離れ、オルテガの前に立った。目を輝かせ、小さな鈴を差し出す。音は鳴らない。だが風が触れると、かすかに震えた。
「ありがとう」
言葉が通じたかはわからない。だが少女は頷き、再び輪に戻った。
太鼓が一際高く鳴り、歌が空へ昇る。その響きが広がった瞬間、草原は揺らめき、風と共に消えていった。
オルテガの手には、まだ鈴の震えが残っていた。
次に広がったのは、厚い石壁に囲まれた城だった。
四角い塔が四隅にそびえ、重々しい門が正面に立ちはだかる。門扉には鉄の格子。閉ざされ、びくともしない。
オルテガは門前に立った。兵が二人、槍を構えている。だが彼らの視線は、まるでオルテガを見ていないかのように通り過ぎていった。声をかけても返事はなく、存在すら気づかれていないようだった。
「…… はいれないのか……」
城壁の内側から、かすかに音楽が聞こえた。笛と竪琴。宴の調べ。だが扉は閉じられ、外には一音も届かぬように仕組まれている。
オルテガは門を押した。硬い石が冷たく返すだけ。剣の柄に手を置いたが、抜くことはなかった。力で壊せる壁ではないと、すぐにわかった。
(誇りに守られた城)
呟きは石に吸われて返ってこない。宴の響きは続くけど、遠くへ離れていく。
この夢のような巡礼はいったん静かに途切れる…