:: オルテガの冒険
生まれ故郷
緑で染まる村
この世界のはるか北。その森の奥深く、霧に包まれた静かな集落、ノアニール。そして、村を守っているようにそびえたつ、西の森の大きな、雷
(いかづち) の神の樹木。
そこに住む人々の髪は、皆うっすらと緑がかった光を帯びていた。まるで森の葉が光を透かすように。やわらかく、儚く、美しかった。言葉は少なく、歌うように暮らす村。誰かが笑えば、風が応える。誰かが泣けば、雨がそっと降る。そんな村だった。
そこに住むとある少年。緑の髪を持っていた。まだ
5才になったばかりの彼は、小さな足で村の段々畑を駆け回り、花の冠をつくっては誰彼かまわずプレゼントしていた。彼もまた、幼い頃に母と手をつないで、村の木の根元で歌ったことを覚えている。
その傍らには、いつも一人の少女がいた。ミリア。同じ年ごろの少女で、小さな鈴を首から下げていた。
「これってどうしたの ?」
「これは、ミリアが初めてしゃべったとき、おばあちゃんからもらったんだ。」
笑うとその鈴が、風と重なって鳴った。
「〇〇〇くん」
「ん ?」
「いつか、森の外に行ってみたい ?」
「行ってみたい !
でも、帰ってこれなくなるかもって言われてるよね」
「帰ってきたらまた花の冠作ってよ」
「うん、約束する !」
手と手を重ねて笑ったこの日のこと、彼は、ずっと忘れない。
そして、その日が来た。霧が、深くなったのは突然だった。昼なのに光が消え、鳥の声がやみ、風が凍った。村の上空に、黒い雲のような霧が現れた。いや、それは
"霧" ではなかった。冷気を含んだ、何か生き物のような意志を持った "黒い魔" だ。
そして村は、沈黙に飲まれた。人々はその場に倒れ、凍りついたように動かなくなった。目を閉じたまま、眠るように。誰も目覚めなかった。髪はみんな黒く染まっていった。
ただひとり、少年だけが生きていた。村の端、木々の影にいた彼だけが、なぜかその呪いを完全には受けずに済んだ。けど髪の色は、緑から黒へと変わっていた。ミリアもまた、目を閉じて眠っていた。胸元の鈴は、音を失っていた。
震える手でそれに触れ、彼は立ち上がった。
「…… たすけなきゃ……」
誰に教わったでもなく、誰に命じられたでもなく、彼はただそう思った。そうして、小さな布袋に鈴をしまい、森の外へと歩き出した。森の守り手も、動物たちも、誰も彼を止めなかった。
黒い霧の事件後
村が凍りつき、故郷を失ったあと、彼はひとりで村から西のとある森に行った。
そこには、雷 (いかづち)
の神の樹木。その前に立ったが、すでに枯れかけていたように見えた。幹は黒ずみ、空には雷鳴もなく、ただ静かに風が吹いていた。
彼はその木にすがって、しばらく動かなかった。
「ごめん……
(俺じゃ、誰も守れなかった……)」
そのとき、少年の指先に、小さく痺れるような感触が走った。雷
(いかづち) の神の樹木は、まだ眠っているだけのようだった。木の中から響いた音。それは返事ではなかったが、確かな気配があった。