:: オルテガの冒険
失った故郷
迷い子、世界を渡る
ノアニールの森を抜けた先は、これまでに見たことのない色と音のある世界だった。風は強く、空は高く、道は知らない方角へと続いていた。
野犬に追われ、岩陰で震えながら眠り、木の実を拾い、時には通りすがりの旅人にパンを分けてもらった。
言葉も通じない土地では、「名乗ること」すらできなかった。自分が「何者か」も、うまく説明できなかった。
けれど、彼は進んだ。理由はひとつだった。ミリアを、村を、助ける方法を探さなくてはならないから。
ある街では、神の子… と呼ばれた。教会に拾われ、何日かパンとスープをもらって暮らした。ある村では、ただの…
浮浪児、として冷たく追い払われた。投げられた石で額を切ったこともある。
それでも泣かなかった。ミリアが泣かないなら、自分も泣かないと決めていた。
彼の髪は黒く、瞳は時折、何かを耐えるように強く光っていた。
南のロマリア
ロマリア王国にたどり着いたのは、旅立ちから1年後。彼はまだ幼く、だがもう「子ども」とは呼ばせないような目をしていた。
王都の片隅、噴水のそばで座っていた彼に、一人の老人が声をかけた。
「おまえ、旅の扉を知っておるか ?」
彼は首を横に振った。
「南にある洞窟の奥…… そこに "旅の扉" がある。行き先はわからん。だが、選ばれし者はみな、導かれるようにしてそこへ行く」
彼は決めた。次の日、早朝の市場で硬いパンを一つ手に入れ、街の南門を抜けて歩いた。
あの洞窟。
洞窟の入り口には何の看板もなく、獣の臭いと苔むした空気が漂っていた。暗がりの奥へと進むほど、なぜか胸の鼓動が静まっていった。
「…… ここに、あるんだ」
岩を抜け、苔を踏み、冷たい水の気配を感じたとき、眼前にそれはあった。
旅人の扉。
地面に広がる円形の水たまりだった。どこか光を含んだように澄んでおり、覗き込むと、鏡のように自分の顔が映った。いや、その奥に、"何か別の世界"
が揺れていた。まるで、"誰か"
がそこに置いていったかのように、静かに存在している。
彼は、鈴を握りしめた。ひとつだけ確かめる。ミリアの音…
風の音を鈴と聞き違えるような子だった。
「行ってくるよ、ミリア。…… 絶対、帰ってくるから。」
チリ…… ン…
ほとんど鳴らない鈴だったが、それでよかった。
彼は深く息を吸い飛び込んだ。そして、光の中。足元の感覚が消え、音が遠ざかる。ふと誰かの声が聞こえたような気がしたそのとき。
「あれ…… ?
鈴が、ない。」
焦った視線の先、
遠ざかるように、銀色の小さな鈴が、その空間から逸れていって消えてしまった。声は出なかった。伸ばした手は、何もつかめなかった。
アリアハン大陸。
そして目を開けたとき、そこは、ひんやりとした岩壁のなかだった。薄暗い洞窟。湿った空気。遠くで、鳥の声がする。
彼は、両の手を握りしめた。何も持っていなかった。
彼は立ち上がり、かすかに見える草原の出口へ、歩き出した。
鈴の音は、もう聞こえなかった。
岩壁の中から抜け出した少年が、最初に見たのは果てしない草原と、遠くに煙の立つ村の景色だった。風は柔らかく、空は高く澄んでいた。しかし彼の手には、何も残っていなかった。ポケットの中にあったはずの、ミリアの鈴も。
「……ここは、どこ ?」
誰に聞くでもなくつぶやいた声は、風に流されていった。
レーベの村
この村の人々は、最初こそ彼を不審がった。
黒い髪、日焼けした肌、言葉少なな瞳。けど彼は怯えず、黙って畑の手伝いを始めたとき
人々の表情は、少しずつ変わっていった。
「…… あの子、どうして
?」
「言葉は少ないけど、嘘のない子だよ」
やがて、彼はアリアハン王都の存在を知る。
「そこには、偉い王様がいて、いろんなことを知っている」
少年は決めた。アリアハン王都へ行って、助ける方法を探すのだと。
あのノアニールにも、再び春が訪れ、小さな花が咲くように。彼は村の人たちに言葉少ない礼を言って、レーベを出発した。