:: オルテガの冒険

世界樹の分枝


いかづちの剣技

ある峠の夜だった。
旅を続けていた 3人は、山間の集落でモンスターの急襲に巻き込まれた。
家々に火がつき、逃げまどう村人たち。頭上には雷雲。風がざわめき、空気が張りつめる。

オルテガは真っ先に駆け出した。

「逃げろ ! こっちは俺たちが !」

現れたのは、黒い角を持つ、雷そのものを身にまとう巨大なモンスター。
その叫び声 (咆哮) とともに、大地が割れて空が裂ける。

戦いは熾烈を極めた。
カトリーヌは雷を裂こうとし、女僧侶は村人を守るため、何度も回復の繰り返した。

そしてついに、カトリーヌが吹き飛ばされた。

「カトリーヌー !!」

拳は届かなかった。モンスターが跳躍する。
オルテガは間に合わない。剣を構えるが、距離が遠い。

そのとき、雷が、落ちた。違う。雷は、呼ばれた。
彼の剣に、空が反応した。

胸の奥で叫ぶ何か。村を焼かれた恐怖。誰かを失いたくないという焦り。

ミリアを、ノアニールを、今度こそ……

「誰も…… 絶対に、失わせるかーー !!」

その瞬間、剣にひかりが走った。
雷のごときの一撃が、夜を裂いた。剣は、モンスターを、落雷のごとく轟音とともに… 山は揺れた。

モンスターは沈み、火は、雨と共に消え去っていった。

村は守られた。
カトリーヌは立ち上がった。女僧侶は静かに、彼の手を見つめていた。

「…… それ…… ?! "魔法" じゃないよね…… !?」
「いや…… 知らない… ただ、体が勝手に…」
「おぬし…… 雷 (かみなり) を呼びよせおったのか…… !?」

オルテガはその剣を見下ろした。刃は焦げていた。手は震えなかった。

その夜、火を囲んだ 3人は黙っていた。彼らのあいだでは、何かが変わっていた。


女僧侶の祈り

とある山頂 "セレナの尾根" と呼ばれる場所にあった。
常に風が吹き抜けるその峠は、旅人の祈り場として、古くから静かに守られていた。
そこには 1本の木もなければ、祠もなかった。けれど、風の分枝は確かにそこに在った。

目には見えず、手に触れられず、ただ気配だけが、風に乗って流れていた。

3人がその地に立ったとき、女僧侶の足がふと止まった。

「…… ここ…… 来たことがある」
「おぬしの出身地、ここか ?」
「そうじゃない…… 幼い頃、巡礼で。両親と一緒に。ここで、母が祈ってたの…… 風に、何かを届けるように」

風が吹いた。
彼女の髪を、ローブを、静かに揺らす。
オルテガは、何も言わずに近づいた。彼は、このとき初めて、彼女がほんの少し震えているのを見た。

「…… 私は、本当は臆病なのよ」
「知ってる」
「……え ?」
「おまえが本当は臆病で、迷って、それでもここにいるってことぐらい、もうわかってる」

風が、木霊のようにふたりの間を流れた。
彼女はうつむき、目を閉じた。

「風よ。わたしの祈りを、わたし自身に、返してくれてもいいの ?」

その瞬間だった。
空気が、わずかに光をまとったように見えた。
見えないものが、彼女のまわりに流れた。それはまるで、何かが応えるような優しさだった。


そして…

月が満ちる夜だった。
山と山のあいだに、小さな草原が広がっていた。
その中心で、三人は静かに野営していた。

焚き火の音だけが、ぽつぽつと響く。だれも口を開かなかった。
でも、それは心地よい沈黙ではなかった。

ふと、カトリーヌがつぶやいた。

「…… わしは、帰る場所がある。娘と嫁がおる。だが…… 帰ったところで、また出てくるんじゃろうな」

誰にも問われていないのに、彼は話していた。

「強さはな、持ってるだけじゃ意味がない。持ったまま、どこに置くかなんじゃ」

「…… 私は、帰るべき場所から逃げてきた。もう祈るだけの毎日は送れない。でも、帰らないと決めたのは、たぶん、自分だった」

「…… ノアニールの村が、いまもあるのかどうか、わからない。…… 森が凍った日、俺は何もできなかった。逃げた。いや、探しに行ったつもりだった。でも、気づいたらこんな遠くに来てた」

「…… それでも、進んだんじゃろ」

「進むしかなかった。止まったら、戻れなくなると思って。」

「もう、戻れないんじゃないか ?」

「……そうだな」

オルテガは立ち上がり、空を見上げた。

「じゃあ、行けるところまで行こう。帰れないなら。せめて、進んだ先に、意味があるように」

その言葉に、ふたりはゆっくりと頷いた。

その夜、3人は、はじめて、それぞれの理由で旅を続ける決意をした。


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