:: オルテガの冒険
始まりの終わり
討伐隊の一員として
それは、どこにでもあるような町だった。
南に小さな港、北に森。中央に市場があり、井戸の水音がのどかに響いていた。
3人は久しぶりに、宿の柔らかい布団で目を覚ました。
「ふぉーっ、文明の香りじゃのう……」
「服も干さなきゃ。塩のにおいがひどい……」
女僧侶が窓辺でローブをたたみながらそうつぶやく。
オルテガは静かに剣を磨いていた。けれどその手は、少しだけ緩やかだった。
町では、妙な噂が流れていた。
「南の海に、バラモスの軍勢が動いているらしい」
「いや、ゾーマとかいう魔王の名を騙る存在だって話だ」
「アリアハンの王が、討伐の準備を始めたらしいぞ」
人々の間に、ざわめきが走る。3人は、宿の食堂でその話を耳にした。
「ゾーマ……、か。」
オルテガは、声を押し殺すようにつぶやいた。
女僧侶が顔を上げる。
「あなた、聞いたことあるの ?」
「いや、ない。けど…… それでも、嫌な感じがする」
その夜、アリアハン王からの伝令が町に到着した。
「王は、バラモス討伐のため、オルテガを召集する」
「同時に、協力者。仲間… を求めている」
それを聞いたとき、 3人は顔を見合わせた。
カトリーヌが最初に言った。
「どうするんじゃ ? わしは行くぞっ」
女僧侶は少し迷い、そしてうなずいた。
「私は…… もう祈ってばかりじゃいられない。行く。」
オルテガは何も言わず、剣を鞘 (※剣を収納する筒、"さや" という) に戻した。
「じゃあ…… 終わったな」
ふたりが不思議そうな顔をする。しかし、オルテガは笑って、言った。
「3人旅は、今日で終わりだ。明日からは、討伐隊の一員だ。王の剣だ。それでも、この3人で出会えた旅は、はじまりだったと思う」
「…… へんな言い方ね」
カトリーヌが、にやりと笑う。
「いや、よう言うたわい。はじまりの終わりじゃな」
ダーマの神殿
石畳の坂を登った先、灰と白の建物が肩を寄せるように立ち並んでいた。旅人の数は少なく、街の空気には
"言葉より先に祈る" そんな余韻があった。
「思ってたより、人がいるのね !」
「転職ってのは、"ひまにん" と
"カクゴ" のあるやつがくるんじゃ…」
カトリーヌは笑いながら、でも町を見回す目は真剣だった。神殿は街の中心。かつて世界中の希望と試練が集まったその場所は、今なお静かに、力を湛えていた。神殿の奥、転職の間。白い大理石の柱に囲まれたその場所で、祈りの声が響いていた。
「…… 試してみるかぃ
?」
「わたしは、今のままでいい…」
「…… もし、全部を忘れて転職できるとしたなら、俺は何になるんだろうな…」
その声は、どこか疲れとわずかな寂しさが混じっていた。
ダーマを出て。
ダーマ。オルテガたちの目に焼き付いた、大理石の柱が天を貫き… 祈りの声が響く場所。人の生き方を変える聖域神殿だった。
転職を終えた者も迷う者も皆が足を踏み出し、自身の新しい名を心に胸に刻んで、去っていく…
オルテガたちは静かに神殿の門を後にする。
「…… 生き方を変える… だが、それだけで人は強くなるのか ?」
「強くなるのは、結局は腕っぷしじゃろ…」
「腕ではなく心を変えることが大切なのでは…」
3人はダーマの神殿から続いた短い距離の石畳を離れ、そして山の裾に延びる細い道へ入る。
地図などは持ってない。だけど、人が歩けば道ができる。畑を抜け、あぜ道を越えて、山に沿うような細い道は、自然へ… そして南東へとオルテガたちを導いていく。
そして、道のしるべ先にに… ひっそりと村が現れる。
それは… 門に "つた" が複雑に絡みついてて、その姿は… ダーマの神殿を小さく映したような感じに似てた。
だけど、その村自体に荘厳さはなく、ただ静かにひっそりとした暮らしの匂いが漂うだけだった。
「? ここも、神殿なんじゃろうか… ?」
「いや、違う…」
"つた" が絡む門のそばにいたとある老人が、杖を突きながら近づいてくる。
「うむ、その通り… ここは神殿の影に生きる者の集う村…」
「影…… ?」
「神殿に入れぬ者… 神殿に拒まれた者… あるいは自ら選ばぬ者。そういった皆が… ここで暮らしておる…」
老人はオルテガたち 3人を見つめ、そして崖の北へ視線を向けた。
「… 険しい木々の道を辿れば、霊湯という温泉郷がある…」
「温泉郷 ? 霊湯… ?!」
「ふーむ、温泉とな…」
しかし、オルテガは黙ったままだった。老人の視線には向かわず、ただ前を見据えていたような感じだった。
あの霊湯 (笑)
村を出て、村をぐるりと迂回するような道を進み、5日後… やがて険しい崖にたどり着く。
その崖は風が吹いていたけど、ただの自然の風ではない。
あの村の門で会った老人の言葉に従い、3人は険しい崖道をさらに進んだ。
木々が白い岩に張りつき、葉は滴るように瑞々しい。だけど水の流れる音はない。それでもなぜかその "森" は潤いにあふれていた。
「まるで森そのものが息をしているみたい…」
「湿っぽいだけじゃろ…」
オルテガは黙ったまま歩いていた。
やがて視界の先に、白い霧が立ち込めた温泉っぽい場所にたどり着く。
岩に抱かれるように湧く泉。石組みの壁はコケが生えて、その場はまるでダーマやあの村のような古い祭壇にも見えた。
このときまだ 3人は知らない、遠くの "世界樹" から吹きおろすなにかを見守っているかのような風…
「ここがあの温泉か ! よしっ、入るかの ! (にやにや…)」
「ほんとに行くの…… ?? (苦笑い)」
「せっかく来たんじゃ。湯にでもつかってのんびりせんと転職の意味もないわい」
「俺は転職してないが…」
こうして 3人はダーマを後にし、あの "事件" の起こる霊湯へ入ってみる (笑)
湯の中、そして。
3人はこぞってそっと水面を覗き込む。
共通していたのは、あまりにも透き通る水に、月も星も映らずただ深い "闇" だけが広がっていたこと。
「これが…… 霊湯…」
「お~ 意外と "温かい" ……」
しかし、オルテガは…
"恐れ" や "堅さ" そして "未知" を匂わせる声や幻聴を遠くから聴いて、顔を傾けていた。
2人は深く考えもせずただ温泉にぬくぬくと浸かっていて… やがて魂が重なり… !?
「…… あれ ? おい、なんじゃこの…… 細っ !? 重っ !??」
「な、なにこれ…… やだ、ちょっと、うそでしょ…… !」
カトリーヌの魂は女僧侶の中へ、女僧侶の魂はカトリーヌの中へ。
時間が経っても戻らない。
「…… ねぇ、時間たったけど、まだ戻らないんだけど
!」
「おぬし、なにか心当たりは…… ?!」
「ないから困ってるのよ !!」
眠っていたオルテガは、さすがに眉をひそめた。
(…… これ、本格的にヤバいやつか ?!)
近くの炊き場で野草を煮ていた老婆に出会う。
腰が曲がり、杖をついた老婆は
3人を見て、ふっと笑った。
「やれやれ、また湯でやらかしたのかい……」
「えっ ? これ、前にもあるの
!?」
「たまーにな。だいたい "心の境界が曖昧なふたり" に起きるもんさね」
「どゆこと…… !?」
老婆は懐から紫の石と小さな鈴を取り出す。
「名前は魂の根源。魂は音に共鳴するのさ。"名を呼ばれた響き" が、本当の居場所を思い出す」
焚き火の前で、老婆がふたりの "本名"
を声に出す。
(ふだんは伏せている女僧侶の本名も、ここだけで少し響きとして現れる)
鈴の音が鳴り響いた瞬間、世界が反転するような感覚とともに、魂が元の場所へ戻された。
2人の沈黙
カトリーヌは黙々と服を着ながら…
「もう霊湯なぞ、一生入らん……」
女僧侶は膝を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「…… 名前、呼ばれたとき、泣きそうだった」
「わしもじゃ…」
オルテガが、その鈴を拾い上げながら言った。
「戻れたのは、"呼んでくれる人"
がいたからだろ」
老婆はにっこりと笑った。
気付くと、そこには老婆だけではなく、村の人々や、遠くから見守る視線もあった。
「そうさ。誰かが "そこにいていい"
と願ってくれる限り、魂は迷わず戻ってこれるもんだよ」
この事件は 3人にとって、名前と心を再確認する夜となった。
そして彼らは翌朝、ようやく一歩先へ進む。旅の途中、夜の焚き火のあとなどで、突然カトリーヌが言う。
「……
おぬしたち、ムオルに行くんじゃな」
「…… え ? あんたも来るんじゃないの ?」
「いや、わしはここで別れよう。ちと、寄っておかにゃならん場所があっての…」
「…… あの村に、何かあるのか ?」
「…… 逆じゃ。"なにもない場所" にわしが行くんじゃ。…… わし自身がな」
そして立ち上がる。
鈴の音がまだかすかに風に残る山道で、カトリーヌは笑うように、けれどどこか寂しげに別れを告げる。
再びアリアハン
アリアハン王「…… そうか、ダーマまで行ってきたか」
オルテガ「転職はしなかった。けど、選び直す覚悟がどういうものか、少しだけ分かった気がする」
アリアハン王「それで十分だ。お前はもう剣を持つ意味を知っている」
女僧侶は静かに礼をする。
アリアハン王「…… 次に進む時が来たら、またこの城に来い。今度は、討伐隊長として迎えよう」
そして城を出るとき、カトリーヌがふたりに笑いかける。
「わしは、ここらで一息つくわい。たまーには、ゆっくりと
"老後の酒" でも味わってみたいしのぅ !」
女賢者「…… あんたが落ち着くなんて、誰も信じないわよ」
オルテガ「でも、待ってるからな。何かあったら必ず呼ぶ」
「ふぉふぉ、それはこっちのセリフ (台詞) じゃ。……
しっかり行けい、若者たちっ !」