:: オルテガの冒険
埋もれた記憶
アリアハンの医療院
アリアハンの朝。王都の医療院に、淡い陽光が差し込んでいた。
ベッドの上で目を覚ましたオルテガは、しばらく天井を見つめていた。
「…… こ…、ここは…… ?」
腕や身体に巻かれた包帯。剣は傍らにあったが、鞘に収まったまま。
(なぜ自分がここにいるのか、わからなかった)
窓辺の花が静かに揺れていた。
それを見て、ふと呟く。
「…… 誰かが、俺を…… ??」
けれど、どんなに思い出そうとしても、脳裏には名も、顔も、声も浮かばなかった。
ただ、あたたかい光と、やさしい風の記憶だけが残っていた。
数日後、彼は医療院を出た。
アリアハンの街は、何も変わらず、人々が行き交い、王城の鐘が響いていた。
彼は少しだけ、空を見上げた。
そして、歩き出した。
「…… 今度こそ、誰かと戦うんじゃなく、誰かのために戦う」
言葉にしても、そこに誰の姿があるのかはわからなかった。
でも、それで十分だった。
記憶の底に沈んだ名前は、彼の歩みとともに、いつかまた浮かび上がるのかもしれない。
もういちど。
それから 10日後。
オルテガは王都の北の静かな丘に立っていた。
戦う意味を見失い、歩く先も定まらないまま、ただぼんやりと空を眺めていた。
風に混じって、鈴のような音が聞こえた気がした。
「…… この場所で、あなたに会うとは思わなかった」
その声に振り返った瞬間。
そこに立っていた彼女を、オルテガは "初めて見る" 気がした。
深い紫の法衣。
透明な瞳と、冷たくも静かな微笑。
言葉はなかった。オルテガの心は、何かに射抜かれた。
「……
お前、名は ?」
「呼ばれる必要のない者よ。でも、あなたがそうしてくれるなら…… 好きなように」
彼女は優しく言った。その口元に、かすかに懐かしさが滲んでいた。
彼は、ただ強く思った。
この人のそばにいたい。もう一度、ここから始めたい。
陽だまりの数年間
アリアハン北の丘。
街と城からわずかに離れたその場所に、風に包まれた小さな家があった。
石造りの壁、薪の匂い、季節ごとに咲く花。
そこで、オルテガは家族と暮らしていた。
隣には、静かな笑みを浮かべるエリナ。彼女は、今は穏やかな母としてそこにいた。
小さな少女、アレル。
よく笑い、よく走り、よく転ぶ。泣いても、次の瞬間には立ち上がっていた。
もうひとり、この家には年老いた男がいた。
オーレン。エリナの父。
白髪を短く整え、静かに茶を淹れ、孫アレルに折り紙や笛を教える日々。
彼の存在が、この家の土台を支えていた。
オルテガは、旅に出ない男としての自分に、最初は戸惑っていた。
けれど、アレルが布団に潜り込んでくる夜。薪を割る音が風に溶けていく朝。
そのひとつひとつが、確かに彼を満たしていた。
だが、時が流れるにつれ、彼は胸の奥に違和感を抱えるようになる。
鈴の音が耳に残る夜。知らぬはずの風景が、夢に浮かぶ朝。
記憶ではない。けれど確かに、誰かに会った感触が残っている。
アレルが、6歳の誕生日を迎えた翌週のある朝、オルテガは、外の風を見ていた。
そこに、エリナが無言で近づいてくる。
「行くのね… ?」
「…… ああ。そろそろ、行かないといけない気がする」
「わたしも、そう思ってた」
エリナは、小さな布袋を渡した。中には、小さな鈴がひとつ、そして紙きれがいち枚。
「これは ?」
「どこかで、必要になる気がするから。それだけでいいの。理由なんて、わたしたちはとっくに交わしたもの」
エリナの父
(アレルの祖父) オーレンは、黙って彼の肩を叩いた。
アレルはまだ寝ていた。その寝顔に、そっと手をかざすだけで、何も言わなかった。
そして、オルテガは丘を下りた。家族を背に、風を胸に。
かつての戦士でも、父でもない。
ただの自分として旅に出るために。