:: オルテガの冒険

もうひとつの旅立ち


闇の城

やがて笛の音が止まり、城全体が闇に溶ける。門も塔も壁も、音もなく消えていった。残ったのは、静寂と、次の光の揺らぎだけ。
霧が流れ、次に現れたのは高くそびえる塔だった。白い石で組まれ、雲を突き抜けるほどの高さ。 だが上部は霧に覆われ、どこまで続くのかは見えなかった。
オルテガは塔の麓に立った。風はないのに、衣の裾がかすかに震えた。塔から放たれる見えぬ気配が、空気を揺らしているのだ。
階段に足をかけた瞬間、鐘の音が鳴った。深く、重く、塔全体が鳴動しているような響き。その音は拒絶ではなく告知だった。

「ここは…… 道ではない」

霧が厚くなり、3段目で足が止まる。先には進めない。塔は静かにそびえ、ただ彼を見下ろしているだけだった。
上空の霧の奥から、かすかな羽音がした。翼を持つ何かが、眠りながら夢を見ている。それは呼び覚まされる時を待ち、まだ彼には届かない。
オルテガは踵を返した。塔の白壁は次第に霞み、霧と共に消えていった。残ったのは静けさと、遠くから忍び寄る冷たい風。次の地が近いことを告げる風だった。

冷たい風が頬を撫でた。次の瞬間、広がったのは黒々とした大地だった。
草は枯れ、空はなく、雲の代わりに瘴気が渦を巻いている。その中心に、巨大な城がそびえていた。
壁はねじれ、尖塔は空を突き刺し、闇を喰らうように立たずまっている。地面は震え、空気そのものがとどろいていた。

オルテガは足を進めた。門は開いていた。迎え入れるように、深い闇を抱えて。
広間に踏み入れたとき、あの気配が濃くなる。重圧が肩にのしかかり、膝を折らせようとする。だが彼は立っていた。剣に手を置いたまま。

奥の王座に、影が。闇の衣をまとい、目だけが燃えるように光る。それはバラモス… 魔王の名を持つ存在。

その視線が、オルテガを貫く。だが彼は剣を抜かず、ただまっすぐに立ち続けた。城全体が息を止めたような時間。それは恐れか驚きか、それとも…
両者にはわからない。しかし次の瞬間、奥の闇がさらに深く震えた。バラモスの背後、その向こうにより巨大な影の気配が潜んでいた。

そう、あのとき触れた "ゾーマ" の姿をここで垣間見た。剣は抜かれず、なにも流れなかった。"城" は彼を追わなかった。
闇は彼を見送り、彼もまた闇を見抜いていた。


地下世界

地下をはりめぐらしている世界樹の根っこをたどる旅を終え、その夜。
オルテガは、眠りの中で深く沈むような感覚に落ちる。それは夢ではなかった。
目覚めると空のない地下世界にいた。乾いた風、沈黙する黒い土地。だけど彼は、何も恐れずに歩き始める。


父と娘

空のない地下の世界。

けれど、この草原には、どこか懐かしい風が吹いていた。
オルテガは、静かに歩いていた。

ゾーマと "理解" した今、もう戦いも、使命も、過去も終わったはずだった。

けれど、どこか胸の奥に「まだ果たせていない何か」が、微かに残っていた。

その時だった。
遠くから、駆けてくる足音がした。

それは、軽く、元気で、でも泣き出しそうな速さだった。

彼は娘を抱きしめる腕に、力をこめた。強くて、あたたかくて、でも、どこか壊れそうなほど優しく。その後ろには、武闘家カトリーヌ、マゴのリル。無口な青年、そして、空に浮かぶ青い存在スラりん。みんなが静かに、見守っていた。


帰るべき場所

娘の笑顔を見て、エリナの静かなまなざしに触れて、オーレンの言葉少なな祝福にうなずいて…

彼は、ふたたび "旅の装備" を手にした。

(最後に…… もうひとつ、やり残したことがあるんだ)

誰に告げるでもなく、彼は西の船着き場から小さな船に乗った。
そして向かったのは、あの村、ノアニール。

黒い霧は、まだそこにあった。
時を止めたままの木々。眠り続ける村人たち。
あの頃のままの、誰にも届かぬ想い。

オルテガは、静かに村の中央へと歩いた。

ポーチの中には、ゾーマの魔力が合わさってできた、"世界樹の雫" があった。

あれは、戦いの証ではなく "世界がもう一度、命を思い出すための滴" だった。

祠の前。
オルテガは、雫を手のひらにすくい、空へ放った。
それは風に乗り、霧に触れ、やがて光となって村全体に降り注ぐ。

眠っていた人々が、ゆっくりと目を開けた !

かつての少女もまどろみから目覚めたように、立ち上がった。

けれど、誰も彼を "オルテガ" とは呼ばなかった。少女も、村人も、彼をただの旅人として見つめていた。

彼は、笑って言った。

「あの少年なら、大丈夫だよ。どこかでちゃんと、生きてる。心配するな…… 俺が、知ってる」

そのセリフを聞いた少女はきょとんとしながらも、微笑んだ。
まるで、何かを理解しているように。

帰り道、オルテガは一度も振り返らなかった。けれど風の中で、小さな鈴の音が一度だけ鳴った気がした。

「…… これで、やっと全部、終わった。」

彼は、旅人として歩き出す。
名を捨て、力を手放し、ただ人として、世界を感じるために。


おわり !

← BACK   |   HOME →

上に戻る